だいぶ前ですが、姫路獨協大学で一般市民が学生と一緒に授業を受けられる制度がありました。今は廃止のようです。それでスペイン語クラスに参加しました。二十歳前後の生徒たちと一緒に授業を受けました。スマフォを見ている学生が多かったですが。
その頃、私の発音がフランス語風だったので、スペイン人の先生が「これはスペイン語の
授業です。」と、冗談をいつも言っていました。
そのスペイン語のテキストに、支倉常長(写真)のコラムがありました。彼は伊達政宗の命令を受け、メキシコ経由でスペインに赴き、直接貿易を申し入れましたが、結果的には不首尾に終わり、帰国しました。
その後、1640年頃からJapon(はポン)という姓が「アンダルシア州のCorio de Rio」という町に、登場し始めます。今は数百人のハポン姓がいるそうです。彼らは自分たちが「日本の侍の子孫」と思っている」という記事が、2013年の「ジャパン・タイムズ」に掲載されました。先生がそのコピーを皆に配りました。「間違いない。30人中9人が残り、洗礼記録とか洗礼名も分かっている。彼らは侍の子孫だ」と、先生は断言しました。
スペイン語のガイドを始めたときに、「この話をスペイン人に紹介したい」と思いました。なぜハポンという姓になったかですが、「日本人の姓」は難しいので、「ハポン」と呼ばれた説明しています。
その後のことも調べました。「支倉常長」は帰国後2年で死去、御家断絶になりました。理由は分かりませんが、その後、「支倉家」は伊達藩に復活し、子孫も現存しています。今では、「支倉常長祭り」が開催され、子孫の方が殿様衣装でパレードに参加して、多くの観光客を集めているとネットにありました。加えて、ハポン姓の人には「蒙古斑」があるそうです。これはアジア人の特徴ですね。
ガイドしてみると、スペイン人のお客さんの中には「アンダルシアのハポンの姓がある」ことを知っている人もいますが、少数派ですね。南米の人も含めて、この話は大好評です。(と思っています)。
今回ブログを書くにあたって、ネットで再チェックしました。意外なことが分かりました。洗礼記録がないのです。前後の洗礼記録の何十年間分が紛失していました。それに加え、日本の大学がハポン姓の人のDNA検査を実施したところ、どうも日本人である可能性が少ないそうです。困りました。絶好の話題なのに。
断言できないので、少し曖昧に話そうと思っています。(1)17世紀初めに日本の侍がスペインに行った。(2)9人がそのまま残った。(3)アンダルシアにハポン姓の人が数百人いる。(4)私が思うに、これらの事実に密接な関係がありそうだ。
歴史的事実を伝えねばならない「姫路城ガイド」としては「許される範囲」でしょうか?

この日は7名の会員が8回の案内を行いました。
1アメリカ 1名
とても良く笑うハワイからのシステムエンジニア。今回は二度目の訪日で、前回は京都中心であったが、今回はYouTubeで調べて大洲城、東京駅やみなとみらいにも行くと。姫路の食事で穴子を勧めたら昨晩柊で既に食べたと。
2デンマーク 2名
デンマークからの夫婦、夫はかつて日本の会社(ビクター)に勤めていた経験あり。
日本は2回目、1回目は7年前に10日、今回は2週間日本観光。姫路城は初めて。
東京/京都/姫路/岡山/直島/大阪の順に観光。岡山では烏城を訪問予定。
日本訪問は2回目だが色々新しい発見があり興味が尽きないとのこと。
ヨーロッパの城との違いに関して関心が高かった。
日本も暑いが、デンマークでも近年周りの海水温の上昇によりマグロが回遊しなくなっているとのこと。文化・習慣の違いに関しては、日本企業勤務経験あり、日本企業の会議のやり方をよく理解していた。日本の会議はとにかく長く、情報を共有してコンセンサスを取る場であると。私から、アメリカのMeetingはDecision makingの場であり日本とは異なるが、どちらが良いかはCase-by-caseであると説明。
3ポーランド 4名
初訪日、娘2人との家族。この後、好古園、書写山を訪れて夕方には広島へ行くので、1時間で回ってくれと言われたが、ちょっと無理と説明、1時間15分で回ることになり、飛ばして西の丸もカットしてちょうど1時間10分だつた。
温泉好きでインターネットで調べて箱根と別府を訪問。
4イタリア 2名
ローマから夫婦。変わった質問としてこのまちに刑務所があるのか?というのが出ました。何で知ってるのかと驚いて答えると、町が静かだからと言っていました。
スリや窃盗がないことで快適に旅行している、これがイタリアだったら•••とのことでした。
5ドイツ 2名
フランクフルト近郊の女性二人、万博スタッフとして滞在中。5月にガイドした方の紹介だったので大手門で合流し、まず好古園のお茶席へ。
二人とも日本文化への理解が深く、城内「るの門」をくぐった時には「次はをの門ですか?」と。
あずきミュージアムに寄ってきたそうで、通り沿いのたい焼き、わらび餅も美味しかったとスウィーツ女子の面もみせてくれました。
6アメリカ 2名
メキシコ出身のご主人と台湾出身の奥様のカリフォルニアからのカップル。
ツアーを始める前に、沢山質問してもいいですかと確認され、色々と質問されました。
以前建築関係の仕事をされていたということで、建物の構造にとても興味を持って見学されていました。
神戸で竹中道具館にも行かれたそうです。
姫路では、小豆ミュージアムにも行く予定だと言われたので、是非御座候を食べて下さいとお勧めしました。
7オーストラリア 2名
2週間弱では足りない。絶対にもう一度日本を訪れたい。日本語の勉強もしたい。
午後から書写を訪れる予定。
8アメリカ 3名
最初親子3人をガイドし始めました。お父さんが杖を突いておられ、2時間は長い、と言われ、当初天守閣に入るまでの30分の予定でしたが、次々と参加者が増え、8人になりました。私としては最初に受けてくれたお父さんの足が気になりました。お父さんは参加したいという若者を「構わない、入ってもいいよ」と言われ、杖を突きながら最上階まで行かれました。私もうれしい気持ちになり、君のガイドは良かった、と言ってもらい、感激しました。
人数も国も多く、各々に質問を出来ませんでした。


コメント