VEGAでは毎年秋に研修旅行を行います。姫路城を案内する団体の研修旅行ですから、他地域の城跡や戦国、江戸期の史跡を訪れるのですが、日帰り旅行であること、そしてVEGAの歴史が長いことから行き先がかなり限られてくるようになりました。これは旅行の幹事の腕の見せ所であり、また泣かせ所でもあります。(書いている私が幹事の半分をやりました)
今年の行き先は伏見でした。私が個人的に伏見城の歴史を知りたいことがきっかけです。そして伏見のお隣の長岡京市にある勝竜寺城も昔から気にはなっていたけれどもなかなか行く機会がないところでした。勝竜寺城の近辺では秀吉と光秀の山崎の合戦の古戦場があり、当然何も残っていないことは分かっていましたが、現地ガイドに地形を説明してもらいながら合戦の説明を聞けるのは楽しみでした。
8時に姫路駅に集合し、大型バスで出発しました。宝塚北で休憩をはさみ、伏見には待ち合わせの10時に到着しましたが、その間は参加者の自己紹介、近況報告そしてイントロ当てクイズなどの余興をしていたら、2時間の行程はあっという間でした。
伏見の御香宮は豊臣にも徳川にも深い由縁があり、ガイドの説明を聞きながら勉強しました。伏見は日本酒の名産地でもあり、この御香宮でも名水を汲むことができました。その後桃山城まで住宅地である坂を上っていきました。町名が当時の大名屋敷に因んで今日でも付けられていたのは非常に興味深く、ガイドさん曰く「伏見は何も残ってなくて、想像するしかない」とのことですが、その想像力を働かせるのに十分な町のオーラがありました。きっと住民の方は「私は旧毛利屋敷に住んでいる」とか「私は福島屋敷だ」とかいう会話をしているのでしょう。
桃山城とは、昔三回建てられた伏見城とは位置も違うところで、その姿かたちも当時のものは分からないので、どうも姫路城に似せて作られたという模擬天守でした。模擬天守の中ではかなり大きくて見栄えがしますが、これは姫路城を本拠地としている我々ではまあこんなもんかというばかりでした。ここでも伏見城の変遷についてお話が聞けてよかったです。三代将軍までは伏見で宣下されたとか、千姫さんもここで産まれたとか。安土桃山、名実ともに日本の首都だったのが分かります。
計画者の私が今回特に自信をもって予約したランチは、伏見の街の中心近くにある「月の蔵人」さんです。ここでは総勢16名の我々のための大部屋で和風の会席がいただけました。16杯の乾杯用のドリンクが揃うのを待ちきれない数名のメンバーは、それより早く来るとスタッフに言われた瓶ビールを選択。恐るべし依存度。しかしその期待は外れ、店側は気を遣ってか全員分と瓶ビールを同じタイミングで持ってきたので、彼らはその手を震わせながら待たされたのでした。しかし待った分だけ余計その黄金の液体は五臓六腑に染みわたるのでした。(もちろん私もかくいう一人)
ランチの後は自由行動でした。ほとんどの参加者は寺田屋方面、あるいはショッピングに向かったのですが、これを書く私ともう一人ののんべえさんだけが、利き酒をしに商店街へ行きました。

隣に座っていたのがカリフォルニアからきたカップルで、我々は姫路城の英語ガイドだ、何でこんなところじゃなくて姫路城に行かないんだ、などと会話をしていたらバスの時間に遅れそうになりました。もう少し時間があればお城の売上に貢献できていたのですが。
この研修旅行の最終目的地は勝竜寺城公園です。この勝竜寺城は細川藤孝がこの地域を治める拠点として織田信長に与えられ、多聞櫓跡や転用石などが見られる、近世城郭の原型が見られる城跡です。安土城以前に天守があったなど興味深い話が満載でした。
また山崎の合戦では明智方の本陣でもあり、細川ガラシャの話もお涙頂戴で非常に有意義な時間を過ごしました。最後に山崎の合戦の古戦場跡にも行き、実際に天王山を眺めながらどういう風に戦いが推移していったかを勉強しました。結構呆気なかったようですね。秀吉と官兵衛の用意周到ぶりと実行力がすごいですね。
今回お世話になったバスの運転手さんがとてもエキセントリックな方で、イントロ当てクイズはほぼ正解するわ、伏見の狭い旧市街を大型で難なく通り抜けるわ、あげくは運転しながらガイドまで始めてしまう、こんなのは初めてでした。全員が安全に帰宅できて、しかも自称晴れ男晴れ女が多数いたため、天気も心配したほどではなく、まあまあ成功した研修旅行だったのではないかと思います。



コメント